日々雑感

2010年11月22日

ユニクロのアンパン。

ユニクロ、愛用してますか?
我が家にもユニクロ製品が少なからずある。価格と品質、お洒落度や使い勝手のバランスがよく、家の近くに店があるから、年に何度か買い物する。ファンということもないが、ヒートテックを中心に妻のほうが利用率は高い。

そんな妻が土曜日の新聞チラシを見て言った。
「うわ、ヒートテックが990円だって。ちょっと行って買って来よう。ダウンもすごく安いよ。テレビで宣伝してるヤツ」
ちなみにダウンは5980円が3980円。チラシには創業記念祭と記されていた。確かに安い。
「伸もいる?」
「うーん、俺はいいかな」
妻は昼前に家を出て、ヒートテックを数枚買い込んできた。熟慮の末、ダウンは止めたらしい。

夕方にフラメンコのレッスンに出かけ、深夜帰宅した妻は言った。
「スタジオの近くにユニクロがあって、Aちゃんが『そういえば今日ユニクロ安売りだよ』って言い出したら、みんなで行こうってことになって。また行っちゃったよ。ダウンなんてもう黒しか残ってなくて、ヒートテックもサイズ切れ。でも店の人に聞いたら、『注文すればこの値段で取り寄せできます』だって。すごいサービスだよね」

たしかに。売り切れごめんはセールの鉄則。ユニクロの常識破りは顧客を惹きつける。



翌日は日曜。ネットサーフでこんな記事を見つけた。

「ユニクロの創業感謝祭アンパン行列」

創業感謝祭初日の土曜日、早朝から並んだ人のためにユニクロがアンパンと牛乳を配るサービスを行った。これは昨年に続くもので、大阪発信のこの記事では、深夜1時すぎから5時半にかけて、大阪のユニクロ16店舗を回って行列の様子をスナップ写真でレポートしていた。誰がどうして調査をしたのかは定かでないが、編集者としては興味深い取材である。

http://news.livedoor.com/article/detail/5153367/


この記事では
「どうやら4時くらいからみんな集まり初め、5時過ぎには行列が完成されているようです。未明の大きな行列も見応えがありましたが、なにより午前1時過ぎの段階から並び始める猛者たちが確認できたのは驚きでした」と結論付けている。ちなみに昨年は東京銀座店で2000名、大阪梅田店で700名の行列が出来たという。

……すごいね。

アンパン以外の早朝行列特典としては、1000円クーポンか靴下が当たるスクラッチカードを配るが、それ以外に開店前に並ばなければ買えないスペシャルがあるワケではないらしい。しかも妻が店員から聞いたように、売り切れたものでもバーゲン価格で取り寄せできる。ならば行列を作る意味ってナニ?

ひょっとしてやっぱ、アンパンすか。

上記ニュースサイトの写真では、早い時間から並ぶ店先に浮浪者っぽい雰囲気のおじさん数人が写っていたりして。どこかでうわさを聞きつけ、近くのダンボールハウスからやってきたのだろうか。だとしたら牛乳にアンパン、ちょっとしたご馳走。しかし実際に行列するほとんどは(
言うまでもなく)普通の人だ。

ある意味、レジャーなんだろうナ。
ユニクロのバーゲンに早朝から並んでアンパンと牛乳とスクラッチカードをゲットして、朝6時からお買い物。「眠いね」「寒かったね」「でもほら、何千円も安くこんなに買えたよ」「オマケにアンパンも!」。それも『休日の楽しい過ごしかた』ではあるだろう。不思議な国だなぁ。



リンク経由でユニクロのウエブサイトへ。そこには「6時開店対象店舗」のリストがあった。県名が赤字で並び、それをクリックすると県ごとの開催店舗が表示される。それを眺めていると、一つだけ黒文字が。つまりリンクのない県=6時開店アンパン配布を行わない、日本で唯一の県。さあどこでしょう? 答えは島根県。

へぇ。島根のヒトが特にアンパン嫌いなワケではないだろう。ちょっと疑問を感じて調べてみた。
まずは県ごとの店舗数。島根は3店。これは鳥取と並び、日本最少。でも鳥取は内2店が6時開店だった。
次いで4店が徳島、高知、佐賀。以下5店/山梨、福井、沖縄。6店/
滋賀、和歌山、香川、石川、秋田。7店/富山、岩手。8店/長崎、大分、山形……と続く。

ちなみに県別人口を少ない順にあげると、最も少ない
鳥取が60万。次いで島根74万、高知79万、徳島80万、福井82万、佐賀86万、山梨88万7。店舗数と人口はおよそ比例関係にある。
ユニクロの店舗数はつまり、日本の田舎度合いを示すバロメーターともいえる。つまり3店舗で6時開店セールを行わない唯一の県島根は、日本で最も田舎ということか。

蛇足ながら。

ユニクロ最多は東京(110店/人口1257万)。以下大阪(70/881万)、神奈川(60/879万)、愛知(50/725万)、千葉(46/605万)、埼玉(45/705万)、兵庫(38/559万)、北海道(29/562
万)、福岡(27/504万)と続く。



すごいなぁ、ユニクロ。
たとえば。値段も質も似たようなものが「ファッションセンターしまむら」に並んでいても、買わない。でもユニクロならちょっとお洒落。これがユニクロのうまさなんだよな。で、安いからちょくちょく買い物し、トータルでは結構な金額を払っている。このバランス感覚は、マーケティング分析とかブランド戦略とか、すべて計算ずくで生み出されたものなんだろう。社長の柳井さんはよほど切れる人だ。当たり前か。

ユニクロ的経営術が日本経済の救世主のように言われて久しい。と同時に、メイドインジャパンを壊滅させる先鋒という見方もある。これはきっと、どちらも正しい。

ユニクロに限らず、コンビニや大手ショッピングセンターの進出によって、個人商店はなすすべなく廃業に追い込まれ、日本全国の商店街がシャッター通りになっていく。
田舎で母親が小さな酒屋を営む友人は、「近くに出来た安売り量販店は、ウチの仕入れ値より安い」と笑った。
時代の流れだ、仕方ない。大量生産するのにコストで中国ににかなうワケが無い。そうして世界は限りなく、均一の色に染められていく。



バビロンシステム。

俺たちは本当に、幸せの方向に向かっているんだろうか。
知らぬ間にバビロンに組み込まれ、気づかぬうちに飼いならされてはいないか。

ときには立ち止まって考えてみなくてはならない。


shinikeda at 21:58|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2010年11月20日

発売中。(絶賛?)



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旅人による旅人のための旅マガジン
たびがく=旅学
僕が作っている雑誌です。

初めて発刊以来、気がつけば10年。
こういんやのごとし。
で、中でも特に思い入れの多い記事を再録して
初のベスト版を作りました。

やたらと大きかったこれまでの旅学から
大きくリニューアル。
A5サイズです。バッグにも入ります。


ページを開くと、息を呑む世界の瞬間があふれ出します。
胸を打つ言葉が迫ります。

たとえばこんな。
砂漠_edited-1

たとえばこんな。
汝の人生を

たとえばこんな。
あしあと

たとえばこんな。
goro大



全240ページ、内カラーグラビア200P 。
読み応えたっぷりです。
ぼろぼろになるまでめくってもらえれば本望。
1500円+税。
ぜひ買ってください。




たびがく ザ・ベスト



shinikeda at 18:15|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2010年07月07日

スポーツ。


 にわかサッカーファンとしては、ワールドカップである。

我がニッポンが思いがけない活躍を披露して国中を熱狂させた。もちろん我が家もその一員だった。


 監督時代、PKになると見るに堪えず控え室に戻ってしまったというオシムの気持ちがわかった気がした。


 オシム曰く、
PKはサッカーじゃない。たしかに。勝負が価値と負けである以上、決着をつけなくてはならない。残酷な結末。

 じゃんけんに負けたようなものだ。コマノに罪はない。標的を見つけて叩くことを生き甲斐とするマスコミもこぞってコマノをなぐさめ、2ちゃんには岡ちゃんごめんのスレッドが立ち、成田空港では何千人もが凱旋を出迎えた。


 と思えば、昨晩のニュースで帰国したブラジル代表の様子が放映された。激しいブーイング、野次、怒号。つかみかかろうとする奴もいて、何度も小競り合いが勃発。小銃を下げたポリスがひとりひとり厳重に警戒していた。嗚呼、この熱さ! 


 負けた日本を包み込んだほんわかと暖かい空気。紅の豚のようなサングラスをかけて成田のロビーに現れた本田に飛び交う黄色い声。日本は平和である。


 中南米やアフリカの多くの国では、貧乏な家の子どもがのし上がる道は限られている。

スポーツ選手、ミュージシャン、ギャング。選択肢はそれくらい。ハングリー精神は俺たち日本人とはもはや較べようがない。


 ヨーロッパにとってのサッカー愛は、「オラが町」への郷土愛でもある。生まれ育ったオラが町を愛し、オラが町のサッカークラブを愛する。TVでたまに見るヨーロッパのリーグ戦の観客の熱狂ぶりは、あきらかにワールドカップを超えている。すべてのクラブが阪神タイガースみたいなんだろう。


 やっぱりそういう「熱」にくらべると、日本のサッカー熱は底が浅い。
Jリーグの試合をフルに見たこともなく、どのチームのファンなワケでもなく、4年に一度、マスコミの報道の見出しをかき集めて代表監督を評論するオレのようなにわかファンが多勢を占めるのがニッポンである。


 試合として引き分け、勝負に負けたニッポン。そのわずかの差に理由はあるのだろうか。だとしたらそれは何か。


 我が家のローカル、川崎フロンターレの試合をスタジアムに見に行ってみよう、と妻と盛り上がった。実現するかどうか分からんが。ちなみにビッグセーブを連発した川島は、我が家からクルマで
5分のマンションに住んでいるらしい(おしゃべりなタクシーの運転手さん情報)。

 

 

 スポーツつながりで、相撲である。

 連日連夜、マスコミは大騒ぎである。

 ふう。

 子どものころから相撲好きだったオレとしては思う。


 どーでもいいんじゃない?


 ばくちって、結構みんなやってる。パチンコの両替だって違法だし。カネをかけずにマージャンやる奴ってのもあまり聞かないし。

 そりゃ悪いこと。
でも、力士は勝負師。賭け事好きが多くて当たり前。裸一貫、土にまみれて稼いだ金だ、どう使おうが力士の勝手だと俺は思う。もちろん時代に沿ってよい子ちゃんになっていかざるを得ないとしても、人身御供のように解雇された現役大関を思うとやりきれない。少なくとも被害者のいる犯罪ではない。一個人が一生を棒に振るほどの罪とは思えない。


 国技館で記者会見開いて、親方も力士も関係者一同いっせいに土下座して、本気でやるので見ていてくださいとマジで訴えれば、トカゲの尻尾切りなんかよりもよっぽどキモチいいんだけどなァ。


 そんなことより、相撲界にも王子様や本田様が現れないもんだろうか。



shinikeda at 00:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年06月24日

知らぬ間に


DSC_3907

ブラウン管である。

我が家のテレビ。

「うわっイマドキ珍しい」と家を訪れた友人が言った。

 

えっ、そうなんだ。コレで始めて気がついた次第。

たしかにね、そりゃそーか。地デジの時代だ。ブラウン管か液晶かという時代はもうすでに過ぎ去った。知らぬ間に波に大きく乗り遅れ、遅れたことすら気づかなかった。

 

にしてもだ。

ブラウン管画面の片隅にいつも張り付いている“アナログ”という文字、あれはなに?

ごらんのテレビはいついつより見れなくなります、繰り返される警告文。ちょっとしつこいよ。買い換えろ、買い換えろ、買い換えろ……そこまで執拗に言われると、ついウラを考えたくなる。

 

現実問題、地デジチューナーを使えば、ウチのブラウン管でも地デジが見れる。価格.comの最安チューナーは4000円(リモコンつき!)。でもそんなことテレビはヒトコトも言わない。お宅のテレビは見れなくなります。それだけ。


加えてエコポイント。電気代節約、CO2削減、地球に優しい生活でお得ポイントもらえていいこと尽くめ。どうせいつか買い換えるなら、まだ使えるけどこの機会に新しくしちゃいましょう。かくしておびただしい数の(まだ全然使える)ブラウン管が廃棄されてゴミになる。想像するとちょっと怖い。しかもTV買い替えは大型化が顕著、同型比で
2割減の節電効果は実際4分の一でしかないという試算を読んだ。

 

エコポイントで新車に乗り換える。我が家が排出するCO2は1525パーセント減る。しかし古い車は中古車屋に並んだり、どっかの第三世界に輸出されて元気に走り続けるから、排ガスは減るどころか結果として増える。

 

勘違いしてはいけない。政府のいう「エコ」は経済対策である。経済対策としてのエコには、地球が悪くなるのを止める力はない。悪くなる速度をわずかに鈍らせるのが精一杯。当たり前だ、エコと経済は相反するルーツなのだ。


無尽蔵と思われてきた資源を浪費し、大量生産、大量廃棄を行い、国内が飽和したら海外に市場を求める
、という図式を保つことで発展してきた先進国家の経済システムは、もはや過渡期といわざるを得ない。

効率最優先の経済主義において、古くなったものを直したり手入れしながら使うより、とっとと捨てて買い換えてもらったほうが、メーカーにとって都合がいい。しかしそもそもこれは、エコロジーという思想から大きく逸脱している。

 

 われわれが今の暮らしを今のまま続けていくために、経済は成長し続けなければならない。致し方ない現実。ならば「エコ」を売り物として消費をあおる国策も、百歩譲ってよしとしよう。しかしその代償として失われていくのが“モノを大切に長いこと使う”感覚だとしたら、これは致命傷になりかねない。

 
               ●


エコロジーライフには、Rのステップがある。


リサイクル。再資源化。今盛んに行われている身近なエコ。しかしたとえばペットボトルを再生するには膨大なエネルギーが必要なわけで、コストも高く、エコ的な効率は良くない。


リユース。繰り返し使う。廃品を資源として再利用するのでなく、そのまま再使用する。たとえばビール瓶はアサヒ/サッポロ/サントリーが共通のビール瓶を使用し、
95%がリユースされている。しかしリユース可能な「瓶」は缶やペットボトルや紙パックに押され、ビールや一升瓶以外は絶滅危惧。古着やガレージセールなどもリユースの一例。


リデュース。直訳は「減らす」。ゴミを減らす。長持ちするものを購入する。つまり“消費を減らす”こと。


以上の
3つは「3R」と呼ばれ、エコロジーのキーワードになっている。そして日本では語られることの少ない、次のステップのRがある。


リフューズ。拒絶する。
ごみになるものの購入、不必要な消費を拒否すること。

 

「拡大こそ善」という基本理念の下に邁進してきた企業にとって、リデュース/リフューズ、つまり消費を減らし拒絶せよというスローガンは、テロリストの声明にも等しく容易に受け入れがたい。企業の売り上げが減れば法人税も減る。だから政府も一体となって、エコポイントなどとエコを隠れ蓑にして、必死になって買い替えを煽り立てる。


スーパーやコンビニに並ぶスナック菓子はより過剰に包装され(そのうちポテトチップや柿の種も一個一個パックされるんじゃないかと心配になる)、缶やペットボトルはどんどん小さくなる(1996年までは自主規制により500ml以下のペットボトルは作られていなかった)。100均ショップで買うものを人は大事にしない。使い捨て。包丁は切れなくなったら新しいのを買えばいい。エコロジーといいながらゴミは増え続け、資源の浪費拡大は止むどころか速度を増しているように見える。



……結局俺たちは、どこに向かって歩いているんだろう。

 

もったいない。

ケニアのマータイさんに言われるまでもなく、日本人が古来から持つこの言葉=感覚はきっと、エコ暮らしの重要なカギだ。テレビやラジオで耳にする、裏が透けて見えるようなエコとかロハスとかじゃなく。大量消費のCM記号となったECOじゃなく。


そういえば子どもの頃、穴の開いた靴下にお袋が継ぎを当てたよなぁ。今の母親は継ぎ当てなんてするんだろうか。当時は貧乏くさくて嫌だったけど、もったいないからまだまだ使う、エコライフの原点ってきっとこんなことなんだよな。
100均で済ませず作りのしっかりしたモノを買って長く使う、一生使う。自分の暮らしを自分で律し、本当に必要なものと、贅沢だけど必要なもの、不必要なものを理解する。「買う楽しみ」より、持っているものを「使って遊ぶ楽しみ」が大事。なんか自分に言い聞かせてるみたいだな。


                      ●

今のテレビを買ったのは
78年前だろうか。もちろん普通に映る。そりゃ地デジ液晶大画面に揺らぐ気持ちもあるけれど、捨てちゃうのはさすがにもったいない。もったいないおばけ、でるよなぁ。でもあげると言っても誰も要らないし。いっそインドの友人にでも送るか。

ちなみに家族6人が6畳一間で暮らす彼んチのテレビは、
14インチの白黒である。

 



shinikeda at 14:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年06月01日

だいじょーぶっしょ。

「そこ、危なくないの?」
 旅した海外の国について話をしていると、こう聞かれることが多い。

 アブナクナイノ?

 そのたび俺は言葉に詰まる。

 

 オレの中で結論は出ている。

 危なくない。

 世界はそれほどアブナクナイ。

もちろん危ない場所もあるが、普通はそんな場所に近づかない。というか近寄れない。危険といわれるどこの国のスラムだって、基本的に住民たちは貧しくハッピーに生きている。足を踏み入れれば必ず身ぐるみ剥がされるワケではないし、危険な目に会うのはむしろレアケースだ。本当にヤバイのは、紛争や戦争状態の地域くらいではなかろうか。


 少なくとも、ここ
20年で50回以上海外渡航を繰り返した俺は、危ない目に会ったことがない。ケータイを何度か盗まれたくらいで、ま、それをアブナイというならアブナイということになるが、その程度は仕方ないじゃん、というのが俺の旅の立ち位置だ。


 10
年ほど前、初めてのインドで旅人詐欺に遭った。デリーで友人と落ち合えずに、見事な手口でなぜかカシミールへ。しかしそれはそれで楽しかったし、そもそも目的地もない旅なのだから、どこに行こうがかまわないわけで、だまされた数万円にしても、彼らにとっては莫大なカネでも、俺にとっては数万円だ。もちろんバカにはならんが、だからといって「けしからん」と腹を立てても「アブナイ」とビビッてみても仕方ない。


 しかし、世の中は言う。

インドは危ない。南米は危ない。アフリカは危ない。ヨーロッパは危ない。中東は危ない。都会は危ない。田舎は危ない。アブナイアブナイアブナイ……

ガイドブックを開けば、危ない体験談が載っている。荷物を盗まれた、カツアゲされた、下痢した、発熱した、ダマされた。たしかに、世界はアブナイところだらけだ。


 でもそれくらい、どってことないじゃん。刺されるとか、牢屋に入るとか、死んじゃったらさすがに問題だけど、自分に大きな油断や過失がなければ、その地域の治安や衛生だけが原因で命を危険にさらすような羽目には、まずならない。歩いてたってクルマに轢かれることもあるから、むろん絶対ではないが。


 まぁ、だいじょーぶッしょ。


 ささやかな旅を続けて手に入れた、オレの哲学。世界はそんなに危なくないよ。すくなくとも「危ないらしいから行かない」という選択肢は俺にはない。

                     ●

 妻は沖縄の人だ。実家のある北谷という街は、ここ数年埋め立てによる開発が進み、今でこそ“ミニお台場”のようなおしゃれスポット。思いやり予算目当ての米軍人用超高級マンションが林立している。話題の普天間はまったく持ってヒトゴトではない。


 妻は言う。
沖縄の人だって、基地がなくなるなんて誰も思っていないよ。他県に行けばOKって話しでもないし。なのに、あんなふうに期待させるようなこといって、挙句の果てがこれでしょ。バカじゃないのまったく……」


 その通りだ。じゃあどうする? どーしようもない。今のところ、策はない。沖縄に依存し、補助金を出し、事故や事件が起きないことを祈るしかない。

どこに移ろうが、新たな基地で問題や摩擦がおこる。これは避けられない事実。ならば根本的な解決方法は、基地をなくすしかない。つまり「有事の際は米軍に守ってもらう」という現状から脱却するということだ。


 じゃあもし何かあったら、いったい誰が日本を守るんだ?
 ごもっともです。違憲か合憲かさえはっきりせず、平和維持活動とやらに銃を携帯するか否かですったもんだの自衛隊に、日本を守るチカラがあるとは思えないし。


 でもね。「もし何かあったら」という発想は、「アブナクナイノ?」とことさら危険度を重視しがちな旅人意識とよく似ている。

「危ないらしい」から、行かない。いいけどね。でもそんなことばかり言ってると、結局どこにも行かずに終わっちゃいかねない。

 

 日本にもし「何かある」としたら、現実的に浮かぶ相手は北朝鮮だ。韓国と北朝鮮に緊張が走る今、確かにねぇと思わなくもないが、同時にこうも思う。まぁ、だいじょーぶッしょ。

 もし在日米軍の一部が日本からいなくなったら、これ幸いと北朝鮮はなにかを仕掛けてくるのだろうか。テポドンを海に落とす脅し程度じゃすまない、開戦不可避な“攻撃”を。常識が通じないとしても、全面的な武力衝突を起すほどイカレてはいないし、そんなチカラもないだろう。抑止力ってのは、具体的に何を抑止しているんだろう。世界はそれほど虎視眈々と日本を餌食にしようと狙っているんだろうか。

 いやいや、だいじょーぶっしょ。
「お前みたいな甘い考えは通用しない」と罵倒されようが、俺はそう思う。


                         ●
 

 世界から戦争なんてなくなればいい。この理想論に反対するのは、戦争で儲けている人だけだ。たとえこれが夢物語だとしても、もし何十年後かに人類がその夢を手にするとしたら、今、何かを始めるべきだ。オバマが「核なき世界」という言葉を口にしたように、鳩ちゃんにも「米軍なき沖縄」をせめて論じてほしいと願う。


 その上で沖縄に頭を下げて詫びる。補助金の額も現実問題大事だけれど、日本の、世界の未来を真剣に語ることこそが、本土決戦、敗戦、占領を体験してきた沖縄の人の深い傷を癒す漢方薬なのではなかろうか。


 唯一の被爆国として。

「国際紛争を解決する手段として、永久に戦争を放棄する」と憲法で高らかに謳った、唯一の国として。

「核なき世界」を公言したアメリカの同盟国として。

 夢物語だとしても、それは人類が歩まなければならない夢なのだから。

 



shinikeda at 18:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)