旅する日々

2011年06月27日

放浪/最新刊情報

突然ながら、池田伸共著による最新刊のお知らせです。

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『放浪』
著者:窪塚洋介/池田伸
写真:池田伸
発行:NORTH VILLAGE
発売:サンクチュアリ出版

縁あって一緒に旅したエジプト紀行。
カイロでレンタカーを借り、予約も予定もなく彷徨った10日間の旅の記です。

子供のころから夢だった地、エジプトへ。
ピラミッド、ファラオのミイラ、古代神殿……
窪塚洋介が彷徨った先でみたものとは。
(カバー帯より)


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本当のコトなんて
誰にもわからない
俺たちが誰で
どこから来て
どこへ行くのか
(洋介本文より)

窪塚洋介ファン、エジプトに行ってみたい人はもちろん
本屋で見かけたらぜひ手に取ってみてくださいな。


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2011年02月05日

行き当たりバッチリ/旅に出た友のこと③


らいおん号。

おみちゃんは、吹けば飛ぶようなその小さなオートバイ「ハンターカブ」を、そう命名した。
「どーみてもライオンってガラじゃないよなぁ」と俺は思ったが、男46歳にして初めてバイク乗りになったおみちゃんにとって、カブはらいおんなのだ。
我が家の和室に立てたテントに寝泊りし、ガレージで油まみれになってバイクを整備したのが昨夏。飛び切り暑かったあの夏だ。

SARUの小林君という友人が作ってくれた、履きこんだ編み上げブーツをプレゼントした。
バイクは「命がけ」である。
肉体が外界に向かってこれほど剥き出しの乗り物は他にない。車ならちょっとガチャンとバンパーが凹む程度の事故でも、どこかの骨をへし折ったり、死んでしまったりもする。それはハーレーだろうが原チャリだろうが変わらない。
短パン、ビーサン、アロハがサーファーの日常であるように、ヘルメット、ブーツ、グローブはバイク乗りの基本。ブーツが命を守ってくれるわけではないが、心構えは大事だ。まずは基本、それが身に沁みたらあとは自由にすればいい。
年中素足にビーサンのおみちゃんがブーツを履くと、最初はなんだか違和感があったけど、静岡~東京を何往復かする頃にはすっかり馴染み、バイク乗りらしくなった。

昨年9月。盟友高橋歩が主催する旅祭。
おみちゃんと宮田誠君のユニット「ン・ブーナ」はオープニングアクトとして登場。その後小さいステージにおみちゃんを迎えて、じっくり公開トークした。
すでにバイクが国境を越えるのに必要なカルネ手帳と国際ナンバーを取得。ステージ前に置いたらいおん号には、大きな荷物がガッツリとくくりつけられ、旅立ちの準備は整っていた。
旅することになったいきさつ、頚椎骨折から手術を経て奇跡の回復、保険金のこと。何一つ隠すことなく、存分に話した。
「母さんがベッドの上で動けない俺を見て、泣いちゃってさ。俺は大丈夫なのに、それも伝えられなくて。あれは辛かった」。そう言うおみちゃんの目に涙があふれた。聴いていた大勢のヒトも涙をぬぐっていた。
「命がけで稼いだあぶく銭だ。ぱっと使っちゃうのもおみちゃんらしいね」とみんなで笑った。

おみちゃんは努めて平気そうに振舞ってはいたけれど、心は揺れ動いていたはずだ。ワクワクする気持ちと、その何倍もの不安や恐怖の狭間で。
不安がないはずはない。不安で一杯。でも選択肢はふたつしかない。行くか、行かないか。不安だからやめとくか、不安だけどやってみるか。
勇気とは、不安に打ち勝つことではない。不安に向かっていくことだ。
おみちゃんの勇気を俺はリスペクトする。

45分のトークを終え、ハグしたおみちゃんは言った。
「ごめんねしんさん、なんだか湿っぽくなっちゃったね」
関係ないさ。いい話だったと思うよ。俺たちロクデナシの生き方、みんなに見せてやんなきゃな。俺はそう答えた。
たくさんの人が「行ってらっしゃい、気をつけて」とおみちゃんに声をかけた。「帰ってきたらまた話し聞きたいです」という人もいた。

旅立ちは迫っていた。その晩はどこかで寝たのだろう。翌日、おみちゃんは自宅にやってきた。
「しんさん、じゃあ行ってくるね。いろいろありがとう」
「生きて帰ってくればいいから」
そう言って手をにぎった。
「絶対久美ちゃんやお母さんにちょくちょく連絡してよ。絶対だよ」
そう言いながら妻の美和は大泣き。俺もおみちゃんも笑いながら少し泣いた。

もしおみちゃんに何かあったら、それはおみちゃん自身のせいであると同時に、バイクで行くことをそそのかした俺の責任でもある。他人にバイクを勧めるとき、俺はそう腹を括る。だから運転の下手なヤツには勧めない。
大丈夫。生きて帰ってくるさ。これほど悪運の強いヒトはそういない。美和だって知ってるだろ。そういってみんなで泣き笑いした。
「じゃ」
固いハグを交わし、テケテケテケッとらいおん号が走り出す。どう見ても、らいおんというより小鹿だ。

ウラジオストク行きフェリー乗り場の鳥取を目指して走り出したおみちゃんを、俺は美和と姿が見えなくなるまで見送った。

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たぶん続く。



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2011年01月27日

行き当たりバッチリ/旅に出た友のこと②


おみちゃんはバイクの免許を持っていない。

つまりこれまでバイクに乗ったことがない。でも俺はおみちゃんのドライブでよくいろんなところに出かけたから、運転がうまいことを知っていた。
バイクの運転というのは特殊技能だが、車の運転がうまい人はバイクの運転がうまい場合が多い。たぶんおみちゃんは大丈夫だろうと踏んだ。
本人は「とりあえず免許取りいくだね」と(静岡なまりで)興奮気味。

でも、そこからはじめるのは先が長すぎる。教習所の金だってバカにならない。幾ら保険が出たのかは聞かなかったが、出来るだけ出費は少ないほうが良いし、めんどくさいことが多いと「やっぱやめた」となりやすい。

「カブ、良いんじゃない?」
「カ、カブぅ? カブってアレ、新聞配達の?」
「そ。そのカブ」
もちろんみんなも知っているでしょう。あのカブ。郵便屋さんの赤いのはMDといって郵政カブという特別仕様。
「カブで行けるの?」
「よゆうだね。カブは生産台数世界歴代一位でギネスにも載ってんだぜ。カブのエンジンはハーレーダビッドソンのVツインと並んで、人類史上最も優れたエンジンだから。原付だから免許も要らないし」

俺はハーレー同様カブ(とか50ccのスポーツバイク)が大好きだから、幾らでも語るけど、ここでそんな話を聞きたい人も多くないだろうから割愛。
言いたいのは、カブは世界一周の旅にも十分耐えうるバイクであるということ。でもおみちゃんは「カブかぁ」とちょっとテンション低め。
「カブっつっても新聞屋さんみたいのばっかじゃないよ。黄色いヤツとか赤ともあったりして、すごく可愛いぜ」
「マジで。しんさん俺見たい。パソコンで見せて」

そして2階の書斎へ。
ヤフオクでカブ50を検索すると、何ページもの出品。食い入るようにチェックするおみちゃん。
「え、これナニ?」と見つけたページには、ハンターカブ。大昔のモデルで、イエローのオフロード仕様。正式名称CT50.俺は昔これの110ccに乗っていて、ずいぶん気に入っていたけどどっかでパクられた。CT110は世界中で売れたバイクで、農場で使用することが多いオーストラリア向けに現在も生産されている名車だ。50があったことは俺も知らなかった。
「おみちゃんさすが、お目が高いね」とミニ解説。「旅するにはこれ以上の原チャリはないね。古いから程度次第だけど」と付け加えた。するとおみちゃんは「これ買う。しんさん落札して」と即答した。
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コレ 現物はこんなにきれいじゃありませんが。

98000円。中古のカブとしては非常に高い。新聞仕様なら3、4万だし。でもおみちゃんの決意は固い。写真と解説をじっくりチェックすると、悪くはなさそう。生産されたのは1960年代末期、つまり40年以上も前だから、「それにしては」という注釈がつくけれど。
結局見事落札。出品者がたまたまおみちゃんの実家静岡から遠くなかったこともあり、その週末、電話があった。
「バイク取ってきたよ。ものすごく可愛い。エンジンもバッチリで、ナンバーとって走ってるよ。もう最高」
おみちゃんはかなり高ぶっている。
「でも遅いんだよね。加速がすごく悪いし、40キロくらいしか出ない。これってどーしようもないの?」

カブのエンジンは発売以来40年以上、大きな構造の変更はなく現在に至るシーラカンスで、チューニングパーツは無限に出ている。いくらでも速くすることは可能だ。
そう告げると「しんさんチのガレージで作業してもいい?」「もちろん」との会話を経て、数日後、静岡から我が家へ自走でやってきた。距離は200キロ近いのではなかろうか。言うまでもなく高速は使えない。世界旅行の実践トレーニングにはもってこいだ。
「疲れたァ。でも最高。これならどこでも行けるね。良く分かったよ。バイク最高!」
そして翌日から整備/改造の合宿生活が始まった。

「あとは何持って行けばいいだろう」
「まずキャンプ道具でしょ。テント、シュラフ、マット、バーナー、コッヘル、ランタン。とりあえずこれでどこでも寝られるよ」
再び二人でPCに向かい、オレの愛用する神田さかいやのHPでセール中のものを中心に選んでポチ。
キャンプ道具はよいモノを買うに限る。しっかりした商品を正しく使えば何十年ともつから、ノンブランドの安物を買うより結局お得。さらに言えば、車に積むことが前提のキャンプ用品より、登山用のブランドを選ぶのがベター。ザックに入れて背負うことが目的だから徹底してコンパクト、耐久性も高い。

2日後に届く。おみちゃんはまたしても大興奮。部屋の中でテントを張り寝袋を広げ、結局1週間そこで暮らしたのだった。

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さらに続く



shinikeda at 10:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年01月24日

行き当たりバッチリ/旅に出た友のこと


おみちゃん、という友人がいる。
知り合って5年ほどだろうか。パーカッションをやるミュージシャン。キャラバンの後でずっと叩いていたり、ケイソンの盟友でもある。ギターを弾いて唄うオレも、たびたび一緒にプレイする。

40過ぎるとなかなか友達が出来なくなる。出会う人のほとんどは仕事つながりだし、ビジネスで出会うと仲良くはなっても、(たとえば高校時代の友達のような)遠慮無しに何でも言い合える友達みたいな間柄には、なかなかなり難い。おみちゃんは40過ぎて出逢った数少ない友達の一人だ。2つ年下。
静岡生まれのサーファー。俺は波乗りしないけど、まわりにはサーファーがたくさんいて、おみちゃんの話を聞くだけでも、彼の波乗りへの愛を感じる。俺は根っからのスキーヤーだから、「自然を相手に滑る快感」という意味で、遠からずその意味が分かるのだ。
冬しか滑れず、Tシャツにサンダルでは凍えてしまうスキーヤーというのは、サーファーほど「LIFE」にはなり辛いのだが。

1年ほど前だろうか。

おみちゃんは波にもまれて頚椎を骨折した。
詳しくは書かないが当初全身不随で、手術を経て医者も驚くような回復を見せた。「最低車椅子は覚悟してください」って、目しか動かない状態で言われたんだけどね。ラッキーだよ。そういっておみちゃんは笑った。
運がいいね。いや、運のいいやつは首折ったりしないか。そういって二人で大笑いした。
手術とリハビリを経てウチに遊びに来たおみちゃんは、すこぶる元気そうだった。ハグは以前と変わらず力強く、「握力は19しかないけどね。でも太鼓は前よりいいよ。ドラムも毎日練習してる。よくスティック飛んじゃうけどね」と笑った。

ちょっと真剣な表情で、おみちゃんが言い出した。
「しんさん俺ね、旅に出ようと思うんだよ」
「いいねぇ。どこへ?」
「シベリア鉄道でヨーロッパ行って、アムス行ってスペインからモロッコに渡って、西アフリカまで」
聞けばたまたま義理で入った傷害保険が降りて、何がしかまとまったカネを受け取ったらしい。
そういえばおみちゃんは昔も、大きな交通事故で示談金をもらい、そのカネを握り締めてサーファーの友達と二人、一年近く世界を波乗り放浪したことがある。「文無しで帰ってきたら空港で兄さんが待っていてさ。こっぴどく怒られたよ」なんて言ってたっけ。
……運がいい男、というべきだろうか。

「そりゃいいじゃん。最高じゃん。いいなあ、オレもいつか行きたいんだよね。シベリア横断でヨーロッパへ。俺は絶対バイクだな」
根っからのバイク乗りである俺は言った。そしたらおみちゃんの顔がちょっと変わった。
「え、なに? バイクって。バイクで行けるの?」
「楽勝でしょ。富山あたりからウラジオストックまでフェリーで行って、そっからシベリア横断鉄道に沿ってひた走ればヨーロッパっしょ。何年か前に行った編集部の後輩が、道路がモスクワから東にどんどん整備されてるって言ってたよ。寄り道しなきゃ、ひと月くらいで十分なんじゃない」

「ええっマジで。しんさん俺バイクで行く。バイクで行きたい。どーすればいいの」

去年初夏の話である。


続く


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2010年11月17日

ブータン

 ブータンには「エマダツィ」という料理がある。

特産の巨大な赤唐辛子と、牛の乳を発酵させたチーズを炒めたもので、炊いた米とともに大皿に盛り、家族で囲んで食する。これがブータン全国民の主食である。

「へぇ、ちょっと食べてみたい」と思う人も多いだろう。しかし5年ほど前、ヒマラヤ山脈南麓に位置するチベット仏教の国ブータンを旅した折、僕をガイドしたナムゲイ君はこともなげにこう言った。

「ブータン国民は、日に朝晩二食、365日これを食べます」

 ごく稀に肉料理も食べるが、そんなに好きじゃない。国王だって毎日エマダツィを食べていますよ、と胸を張る。つまりブータンで「食事」といえばエマダツィを意味し、この国に「晩御飯なんにする?」とか、「どっかでなんか食べようよ」とかいう会話は存在しないのだ。

 たとえば日本の着物に似た民族衣装の着用の義務化や、禁煙を法律で定めたり、観光客は一日200ドルという定額制(ガイドやクルマ、宿泊に食事を含む)であったり。2008年に選挙によって初の首相が選出されるまで、100年以上に渡って世襲王政を強いてきたブータンの国家運営は、(誤解を恐れず言えば)「独裁的」である。

 

 1972年、第4代ワンチュク国王は16才で即位する際、国内をくまなく歩き、こう提唱したという。

「わが国はすでに幸福である。西欧諸国のようにGNPを追うことなく、GNHを求める国となろう」

Gross National Happiness=国民総幸福量。GNP=国民総生産に対するアンチテーゼとして国王が掲げた国家指標。これを「綺麗事」と片付けるのはたやすいが、2005年に初めて行われた国勢調査では、45.2が「すごく幸せ」、51.6%が「幸せ」と答えている。

国民の96.8%が幸せを自覚する。独裁といえば不幸な共産主義の隣国が浮かぶが、「良王に率いられた独裁国家」ブータンでは、幸せが当たり前だった。

国民が満足に食べられない国は不幸であり、世界にそうした国は少なくない。しかし、すべての民に大家族で暮らす古い家と、腹を満たす質素な食があり、かつての日本のように誰もが着物をまとって仏に手を合わせるブータンの国民総幸福量は、世界有数のGNPを誇る我々の国よりはるかに高い。

 

しあわせはお金だけではない。それはもう知っている。ならば幸せとはなんだ?

旅はそのヒントに満ちている。

shinikeda at 17:35|PermalinkComments(2)TrackBack(0)