行き当たりバッチリ/旅に出た友のこと②行き当たりバッチリ/旅に出た友のこと[完]

2011年02月05日

行き当たりバッチリ/旅に出た友のこと③


らいおん号。

おみちゃんは、吹けば飛ぶようなその小さなオートバイ「ハンターカブ」を、そう命名した。
「どーみてもライオンってガラじゃないよなぁ」と俺は思ったが、男46歳にして初めてバイク乗りになったおみちゃんにとって、カブはらいおんなのだ。
我が家の和室に立てたテントに寝泊りし、ガレージで油まみれになってバイクを整備したのが昨夏。飛び切り暑かったあの夏だ。

SARUの小林君という友人が作ってくれた、履きこんだ編み上げブーツをプレゼントした。
バイクは「命がけ」である。
肉体が外界に向かってこれほど剥き出しの乗り物は他にない。車ならちょっとガチャンとバンパーが凹む程度の事故でも、どこかの骨をへし折ったり、死んでしまったりもする。それはハーレーだろうが原チャリだろうが変わらない。
短パン、ビーサン、アロハがサーファーの日常であるように、ヘルメット、ブーツ、グローブはバイク乗りの基本。ブーツが命を守ってくれるわけではないが、心構えは大事だ。まずは基本、それが身に沁みたらあとは自由にすればいい。
年中素足にビーサンのおみちゃんがブーツを履くと、最初はなんだか違和感があったけど、静岡~東京を何往復かする頃にはすっかり馴染み、バイク乗りらしくなった。

昨年9月。盟友高橋歩が主催する旅祭。
おみちゃんと宮田誠君のユニット「ン・ブーナ」はオープニングアクトとして登場。その後小さいステージにおみちゃんを迎えて、じっくり公開トークした。
すでにバイクが国境を越えるのに必要なカルネ手帳と国際ナンバーを取得。ステージ前に置いたらいおん号には、大きな荷物がガッツリとくくりつけられ、旅立ちの準備は整っていた。
旅することになったいきさつ、頚椎骨折から手術を経て奇跡の回復、保険金のこと。何一つ隠すことなく、存分に話した。
「母さんがベッドの上で動けない俺を見て、泣いちゃってさ。俺は大丈夫なのに、それも伝えられなくて。あれは辛かった」。そう言うおみちゃんの目に涙があふれた。聴いていた大勢のヒトも涙をぬぐっていた。
「命がけで稼いだあぶく銭だ。ぱっと使っちゃうのもおみちゃんらしいね」とみんなで笑った。

おみちゃんは努めて平気そうに振舞ってはいたけれど、心は揺れ動いていたはずだ。ワクワクする気持ちと、その何倍もの不安や恐怖の狭間で。
不安がないはずはない。不安で一杯。でも選択肢はふたつしかない。行くか、行かないか。不安だからやめとくか、不安だけどやってみるか。
勇気とは、不安に打ち勝つことではない。不安に向かっていくことだ。
おみちゃんの勇気を俺はリスペクトする。

45分のトークを終え、ハグしたおみちゃんは言った。
「ごめんねしんさん、なんだか湿っぽくなっちゃったね」
関係ないさ。いい話だったと思うよ。俺たちロクデナシの生き方、みんなに見せてやんなきゃな。俺はそう答えた。
たくさんの人が「行ってらっしゃい、気をつけて」とおみちゃんに声をかけた。「帰ってきたらまた話し聞きたいです」という人もいた。

旅立ちは迫っていた。その晩はどこかで寝たのだろう。翌日、おみちゃんは自宅にやってきた。
「しんさん、じゃあ行ってくるね。いろいろありがとう」
「生きて帰ってくればいいから」
そう言って手をにぎった。
「絶対久美ちゃんやお母さんにちょくちょく連絡してよ。絶対だよ」
そう言いながら妻の美和は大泣き。俺もおみちゃんも笑いながら少し泣いた。

もしおみちゃんに何かあったら、それはおみちゃん自身のせいであると同時に、バイクで行くことをそそのかした俺の責任でもある。他人にバイクを勧めるとき、俺はそう腹を括る。だから運転の下手なヤツには勧めない。
大丈夫。生きて帰ってくるさ。これほど悪運の強いヒトはそういない。美和だって知ってるだろ。そういってみんなで泣き笑いした。
「じゃ」
固いハグを交わし、テケテケテケッとらいおん号が走り出す。どう見ても、らいおんというより小鹿だ。

ウラジオストク行きフェリー乗り場の鳥取を目指して走り出したおみちゃんを、俺は美和と姿が見えなくなるまで見送った。

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たぶん続く。



shinikeda at 19:16│Comments(0)TrackBack(0) 旅する日々 

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